あさま 号 信越線といえば、「あさま」 今も、新幹線に受け継がれている名前の歴史を振り返ります。
 昭和36(1961)年3月1日 信越本線 長野〜新潟間を結ぶ 準急として、登場した。キハ55系
4両編成で、長野〜小諸間は普通列車として延長運転されていた。
   新潟8:30発〜長野12:20着〜小諸13:54着
   小諸14:00発〜長野15:30発〜新潟19:10着
 翌年、昭和37(1962)年12月1日 この準急「あさま」は、名古屋〜長野間の準急「きそ」と統合
されることになり、急行「赤倉」へと発展解消してしまいます。このため、「あさま」の愛称は、同時に
誕生した 上野〜長野〜直江津間の 準急「妙高」の夜行1往復に付けられることになった。
   上野23:10発〜長野4:40着〜直江津7:18着   長野〜直江津間 普通列車
   直江津21:26発〜長野23:55発〜上野5:25着  長野〜直江津間 普通列車
 やっと、列車名にふさわしい浅間山麓を走ることになったが、翌年昭和38(1963)年7月15日の
軽井沢〜長野間電化完成、10月1日の碓氷峠アプト式廃止により、急行「丸池」へ改称され、
「あさま」の名前は、いったん消滅してしまう。
 昭和41(1966)年10月1日改正で、上野〜長野間に181系特急が設定さ
れることになり、一般公募により「あさま」の名前が与えられることになった。
当時は、8両編成 2往復 EF63形電気機関車により碓氷峠を越えるため、
8両に制限されていた。
  下り1号 上野9:30発〜長野13:00着  2号上野13:30発〜長野17:00着
  上り1号 長野8:50発〜上野12:26着  2号長野14:35発〜上野18:09着
 昭和43(1968)年10月には、直江津までの1往復が増発され、上野〜長野間が
30分ほどスピードアップされた。
 昭和47(1972)年には、さらに2往復増発され、5往復になり、昭和48(1973)年
からは、特急「白山」用の489系12両編成を使用して、1往復運転され輸送力確保に
一役買った。
 長らく、181系8両編成で輸送力不足に悩まされてきた「あさま」であったが、
 昭和50(1975)年には、489系12両編成使用列車が3往復になり、さらに、7月には、
碓氷峠でEF63形と協調運転が可能な189系10両編成が新製され、合計8往復体制
になった。
489系「あさま」
189系「あさま」
 昭和53(1978)年には、さらに2往復増発され、編成も12両に増強された。この改正から、ヘッドマーク
に絵入りのものが使用された。
 昭和57(1982)年11月15日 上越新幹線開業に伴うダイヤ改正が実施され、183系「とき」に使用
されていた車両を改造転用して、3往復増発、計13往復(うち季節列車2往復)になった。
 昭和60(1985)年3月14日東北・上越新幹線 上野開業では、急行「信州」の格上げ分も含めて
計5往復になり、1往復は、489系9両編成、9往復は、189系9両編成となった。
 昭和61(1986)年11月1日、国鉄最後のダイヤ改正では、さらに2往復増加の 計17往復に、また、
全列車9両編成に変更され、最速列車は、上野〜長野間を2時間48分で結んだ。
 昭和63(1988)年3月13日ダイヤ改正では、季節特急「そよかぜ」を吸収して、18往復に、さらに、
8往復が、189系11両編成に増強された。
 平成2(1990)年には、グレー地に緑帯のグレードアップ編成も登場して、客室の快適さが増した。
 平成4(1992)年「白山」の運転区間見直しにより、1往復増強、平成5(1993)年にも、1往復増発
され、20往復にまで成長した。最速列車は、上野〜長野間 2時間39分であった。
189系「あさま」
絵入りマーク付き
189系グレードアップ編成
長野新幹線 E2系
 平成9(1997)年10月1日 東京〜長野間最速1時間19分で結ぶ、長野新幹線が
開業した。同時に、横川〜軽井沢間の碓氷峠の区間が廃止され、軽井沢〜篠ノ井間は
しなの鉄道(第3セクター)へ引き継がれた。
 新幹線の愛称は、公募され、 1位は、「しらかば」 2位が「あさま」であったが、
長年親しまれてきたということで、「あさま」が採用された。
しなの鉄道 115系
EF63形電気機関車 碓氷峠鉄道文化むら
EF63形電気機関車 碓氷峠鉄道文化むら
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